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新谷仁美のプロフィールと経歴は?引退理由は?復帰はお金のためだった?

ユニークな発言と明るいキャラクターで大人気の、陸上競技の新谷仁美選手。

そんな新谷仁美選手ですが、陸上選手としては超一流で、数々の記録と優秀な戦績を誇っています。

東京オリンピック・女子10000mでメダルを期待されている新谷仁美選手の、プロフィールと経歴引退理由復帰理由を調査しました。

新谷仁美のプロフィール

新谷仁美選手のプロフィールです。

新谷仁美(にいや ひとみ)

生年月日: 1988年2月26日 (年齢 33歳)*2021年5月現在
出身地:岡山県総社市

身長:165cm
体重:44kg
血液型:AB型

職業:女子陸上競技選手
種目:1500、3000、5000、10000、ハーフマラソン、マラソン

新谷仁美選手は、3人兄妹の末っ子として、岡山県都窪郡山手村(現在の総社市)で生まれ育っています。

新谷仁美の経歴(小学校~高校時代)

それでは、新谷仁美選手の経歴を見ていきましょう。

新谷仁美の経歴(小学校と中学校時代)

まずは、新谷仁美選手の小学校時代と中学校時代経歴です。

小学校時代の新谷仁美選手は「走ることが大好きで、何かあれば走っていた」と当時の恩師が語っています。

そして、小学校時代の新谷仁美選手、スポーツ万能少女だったそうです。

新谷仁美選手は、サッカー、バスケットボール、水泳、卓球、テニスと、様々なスポーツをこなし、しかもどの競技でも良い成績を残したとか。

新谷仁美選手は、もともと運動神経が良いのでしょうね。

そして、新谷仁美選手は中学校に(総社東中学校)に進学し、陸上部で長距離を選択。

新谷仁美選手、陸上だけでなく、バトントワリングもしていたのですね。

中学時代の新谷仁美選手は、陸上一本という感じではなく、色々なスポーツを楽しんでいたようですね。

新谷仁美の経歴(高校時代)

新谷仁美選手の高校時代経歴です。

中学を卒業した新谷仁美選手は、岡山県にある陸上の名門校、興譲館高等学校に進学しています。

新谷仁美選手の経歴(高校時代)

2003年~2005年 興譲館高等学校時代、全国高校駅伝に3年連続出場(3年生は全国優勝)
*エース区間と言われる第1区で3年連続区間賞

2005年 インターハイで3000mに出場し、優勝
世界女子ユース3000mで銅メダル

2006年 横浜国際女子駅伝でアンカーを務め区間賞、チームは3位

新谷仁美選手、高校時代は陸上に邁進し、数々の記録と輝かしい成績を収めています。

高校入学時は、まだ無名だった新谷仁美選手ですが、高校1年生で出場した「全国高校駅伝」で、エース区間と言われる第1区で区間賞を獲得し、一躍全国に名を馳せました。

↓全国高校駅伝の新谷仁美選手画像
そして翌年、翌々年も1区を走り、自身の記録を更新し続け、新谷仁美選手は、”駅伝の怪物”と称されるようになりました。

すごいですね。

新谷仁美の経歴(実業団時代)

新谷仁美選手の、実業団時代経歴です。

高校で全国レベルの選手になった新谷仁美選手は、卒業後は大学には進学せず、実業団に入社します。

新谷仁美選手は、高橋尚子さん(シドニー五輪女子マラソンの金メダリスト)に憧れていたことから、小出義雄(高橋尚子さんの元コーチ)さんのいる豊田自動織機(佐倉アスリートクラブ)を選んだようです。

↓実業団時代の新谷仁美選手(右端)と小出義雄さん画像
高校までは、走ることが大好きだった新谷仁美選手ですが、この実業団時代に意識が変化。

新谷仁美選手、現在も「走るのは大嫌い。走るのは仕事」だと明言しています。

新谷仁美選手の経歴(実業団時代)

2006年4月 豊田自動織機(佐倉アスリートクラブ)女子陸上部に入部(監督は小出義雄)し、
マラソン大会を含む様々な陸上競技大会に出場。

高橋尚子(元マラソン選手)の再来と言われる。

2012年 ロンドンオリンピックに出場(10000m:9位)
2013年 世界陸上モスクワ大会に出場(10000m:5位)
2014年1月 現役を引退

2014~2018年 都内の会社に勤務

2018年6月 復帰(所属:NIKE TOKYO TC、コーチ:横田真人)

2020年1月 積水化学女子陸上競技部(セキスイフェアリーズ)に移籍

2020年12月 東京オリンピック選考会を兼ねた日本陸上競技選手権長距離種目(長居陸上競技場)の10000mに出場し、日本新記録で優勝
東京オリンピック女子10000mの出場選手に内定

日本女子陸上選手として様々な記録を打ち立て、輝かしい経歴を持つ新谷仁美選手。

そんな新谷仁美選手ですが、一度、現役を引退し、3年半後に競技に復帰しています。

復帰した新谷仁美選手は、OL時代に増えた体重を削ぎ落とし、横田真人コーチとともに練習に励み、見事、東京オリンピック出場選手に内定

新谷仁美選手にとって東京オリンピックは、2度目のオリンピックということになります。

新谷仁美が引退した理由は?

輝かしい記録を打ち立て、オリンピックにも出場した新谷仁美選手。

しかし、世界陸上モスクワ大会(2013年)の10000メートルに出場し、5位入賞(自己ベストを更新)の快挙を成し遂げたレースを最後に引退を表明

↓新谷仁美選手の引退会見画像
新谷仁美選手は25歳で現役を退いたのですが、引退したのはなぜだったのでしょうか?

新谷仁美選手は当時を振り返り、インタビューに答えているのですが、一番の引退理由は、右かかとの故障(足底筋膜炎)が完治しなかったこと、のようです。

そして、新谷仁美選手は「手術を受けて完治したとしても1年間は走れない」という状況に、モチベーションを持ち続けることが難しいと判断したのでしょう。

↓世界陸上モスクワ大会(2013年)の新谷仁美選手画像
そして、当時の新谷仁美選手は「そろそろ次の道に進んでみてもいいかな」と思ったそう。

当時、25歳だった新谷仁美選手は「陸上以外の世界にも興味があった」と答えています。

これまで陸上一筋だった新谷仁美選手。

20代半ばに、このような心境の変化が訪れたのは、ごく自然なことのように思います。

新谷仁美選手は、世界陸上モスクワ大会(2013年)を、最後の舞台にしようと心に決めていたのですね。

引退は、色々と考えての決断だったようです。

新谷仁美の復帰理由はお金のため?

右かかとの故障、そして陸上以外の世界を見てみたいという理由から、25歳で現役を引退した新谷仁美選手。

引退後、新谷仁美選手は東京都内の会社に務め、OL生活を送ります。

その間、全くトレーニングはせず、食べては寝ての繰り返しで体重は13kg増えたそう。

新谷仁美選手は、いくつかのチームの誘いにも応じることなく、3年半の間、OLとして過ごします。

そんな新谷仁美選手でしたが、2017年にNIKE TOKYO TCと契約し、現役復帰を果たします。

↓現役復帰し、4年ぶりに大会に出場した新谷仁美選手画像
新谷仁美選手が、競技に復帰した理由は何なのでしょうか?

取材に対し、新谷仁美選手、復帰した理由「OLより、走るほうが給料がよかったから」と発言。
歯に衣着せぬ新谷仁美選手らしい発言ですね。

しかし、実は「やっぱり陸上の方がいいな」という思いを、引退後も抱いていたとか。

また、新谷仁美選手は「苦手なオフィス業務に励むよりも、得意な陸上でもう一度輝くほうが楽なのではないか」と考えたと言います。
新谷仁美選手が復帰した理由は、

・違う世界に入って改めて「陸上のほうがいい」と思ったこと
「陸上で日本のトップレベルに戻して輝きたい」
と考えたこと
OLより陸上選手の方が給料が良かった

主にこの3つのようですね。

「走るのは大嫌い」と発言している新谷仁美選手ですが、やっぱり陸上が好きなのでしょうね。

そして復帰後、陸上のトップレベルに帰り咲き、見事、東京オリンピック出場選手に内定した新谷仁美選手。

一度、他の世界に行ったからこそ気づいた、陸上の良さと陸上への思い。

新谷仁美選手の25歳の時の引退の決断は、決して無駄ではなかったということですね。

信頼のおける横田真人コーチと挑む東京オリンピック。

東京オリンピックでの新谷仁美選手の活躍が、とても楽しみです!